21才の青年が1990年に書いた旅の日記です。(オチはありません)
じつは18日am8:30に書いている。今はフェリーの客室。昨夜は眠れなかった。
高槻から舞鶴港へ向かう途中、前後に車はなく、すれ違う車もない、街灯もない、自分のオートバイのライトの明かりしか見えない道路が結構続いた。少し怖くてさみしい気持ちになってきた。寒くはなかった。そんな気持ちで雨の日の夜を走っていると、道路に無数の白い点が見えた。何かの実か葉っぱかなと思ったら急にそれらが飛んできて、ヘルメットや足や体にぶつかってくる。ブチブチと音をたてて。虫たちがヒッチハイクをしようとして死んでしまったんだ。
話は変わるが、船の中で眠ってた時、変な夢を見た。
ぼくは大きな船に乗り、一番前で眺めている。左には中国かソ連の街がすぐそこに見えて、右には日本の街がすぐそこに見えていた。まるで川を下るようにくねくねと進んでいた。
そして今日起きて外を見ると右も左も海だけだった。でも船の旅もいいなと思う。
また話は変わるが、港についた時に「どこからきたん?」と山口(名前じゃない)のおっちゃんが声をかけてくれた。そのおっちゃんと朝食を共にした。この朝食が高い。パンと目玉焼きと牛乳で560円ぐらいとられた。まぁそれはいいだろう。山口のおっちゃんは1500ccのステレオ付のあのでっかいオートバイに乗っている。こけたら三人がかりで起こすそうだ。すごい。終わり。
今からビデオの放映が始まるそうなので、それを見たら明日の行き先でも考えてひまをつぶそう。
たしか舞鶴から小樽へ向かうフェリーは、pm11:00ごろの出航だったと思う。次の日は丸一日船の中で、おたるに到着するのはその次の日の早朝am4:00ぐらいだったと思います。